ひげぐま先生の2026年7月

”日本語を母語としない子ども達の学習指導”2026.7.17(fri)

 もちろん過去何回も書いてきたことだが、日本語を母語としない子ども達にとって教科学習でたちはだかるのが「学習用語」である。いわゆる、日本語特有の「数学方言」「国語方言」である。線を「ひいて」って、線をpullなの?線をマイナスするの?はたまた「下線部を読んで」って、線を読むの?膨大な学習用語の読み方を調べ、母国語の辞書で意味を調べさせて、勉強させている。勿論、某大学で発行している多言語対応の「学習用語集」をダウンロードして与えてはいるが、それだけではもちろん足りない。その一つ一つを教えるより、自分で学習用語の読み方を調べ、母国語の辞書で意味を理解させる方がはるかに覚えが速い。勿論難しい問題集をやる必要はない。普段の勉強では、そうした作業で学校で配布された基礎問題集やワークを理解することを指導している。基礎問題集やワークは、教科書に書かれていることを説明付けで上手にまとめてある。勿論、そうした作業をするため、最初は日本人の子ども達の数十倍時間はかかるが、次第に数倍にまでなる。今日もすまいるテラスでは、一人は一次方程式の文章題まで理解し、一人は二次方程式の解法までほぼ理解できた。子ども達は分かり始めると、やる気も出てどんどん勉強していく。「やる気」がないと嘆く前に、「分かる」体験をさせることである。

”実社会で生きていく技量とは”2026.7.16(thu)

 虹の架け橋菊川小笠教室とふじくに中央日本語学校を運営している身から考えてみた。日本語を母語としない子ども達が、この日本で生活するために何が必要なのかを考える。まずは、日本語での日常会話の習得である。これは友たちとコミュニケーションが取れる最低限の能力である。

 それに続いて文科省が小学校および中学校課程9年間で必要として表しているのが、「初等教育学指導要領」と「中等教育指導要領」である。少なくとも日本語を母語としない子ども達でこの課程を修了し、県立高校入学試験に合格し、しかも「高等学校課程」及び「専門学校課程」も修了し、「自動車整備士」あるいは「自動車販売営業」として働いている二人の若者を指導してきた経験から言えば、義務教育課程の9年間の学習指導要領に示された学習内容は、現行制度上実社会で生きていく最低限の技量と思う。

 そこに異論を唱える人はいると思うが、そうした「学習指導要領」はそれを研究してきた大学の先生方が編み出してきたものである。それに対して異論の唱え、独自の教育カリキュラムを打ち立て、実践する責任と自信を私は持ち合わせない。

"フリースクール認定制度”2026.7.15(wed)

 この4月長野県川中島のフリースクール「学びの学舎かなえ」さんを伺った。長野県フリースクール認定校第1号校である。長野県はフリースクールに対して認定制度を設けている。長野県独自の基準を設け、認定校証を発行している、

 下記の昨日14日の「ひとりごと」に書いたが、フリースクールやオルタナティブスクールも、学習指導要領に基づいたきちんとしたカリキュラムを持って指導すべきだと思う。もちろん学校の学習指導要領に合わなくて学校に行けてない子もいるので、「学びの多様化学校」で認められる程度の柔軟性があってもいいが、子どもの教育に責任を持って指導する内容であってほしい。実生活で路頭に迷う若者を生みだすべきではない。その意味で「フリースクール認定制度」を設けるべきだと思う。

 そうなると、次の議論がその基準の話になる。「信州型フリースクール認定制度」は、ホームページで公開されているので、ご覧いただきたい。学習塾・予備校に籍を置く者として気になるのが、学習内容である。私たちは、昨日も書いたが、学校で配布されている教科書と副教材は自学自習用に作られている。従って、それを使った子ども達の「自学自習」、すなわち「自立学習」を補助する指導がいいと考え、実践している。余分な教材や問題集を買い与える必要もない。学校の教師が使う教科書の指導書をみれば、学校での指導内容が分かる。米国のサドベリースクールでは、子どもが教師用の教科書指導書も貸し与えてもらって勉強していた姿を見たことがある。教科書と副教材だけで十分高校受験や大学受験に耐えられる学力は付くことは実証済である。これが「認知能力」の育成である。勿論、体験活動や集団活動は、「非認知能力」の育成に必要である。そうした「非認知能力」活動は、フリースクールやオルタナティブスクールの強みを生かせる場である。是非その基準を考えてみてほしい。

"県教委・公民連携協議会に参加”2026.7.14(the)

 不登校の児童生徒の約3割が学びにつながってない現状の中、フリースクールやオルタナティブスクールに多くの児童生徒たちが通う。最近では通信制高校が中学生対象のフリースクールを開設し、通信制高校生の確保に奔走している。

 前にも述べたことがあるが、私は、いわゆるフリースクールやオルタナティブスクールを謳う歴史のある学校に通い、認知能力はもちろん、非認知能力も身につかず、社会生活も営むことができずにいる何人かの若者たちの相談を受けている経験から、高度に発展した現在の科学技術社会において、そこで暮らしていける若者たちを想定したカリキュラムを持たないフリースクールやオルタナティブスクールに疑問を感じている。今の学校にない自由を望む児童生徒は、確かに今の学校よりそうしたフリースクールやオルタナティブスクールを選ぶ。しかし、そこで育った児童生徒たちが、実社会で暮らしていける若者がいる現状をどう考えるのだろうか。

 予備校を運営している私は、当校の模試を受けてくる通信制高校の生徒たちの成績を見て、正直のところ驚く。見たことがない20点台の偏差値である。それで、今の日本の大学教育を受けたいと願うのである。その程度の基礎学力(認知能力)で高度に発展した現在の科学技術社会で生活していけるのだろうかと思う。

 教育とは重大な責任を担う。それ故に、「学びの多様化」の名のもとに、高度に発展した現在の科学技術社会で生活していけない若者たちを生み出していっていいのだろうか。だから、当静岡県教育フォーラムの学習支援では、きちんとした「認知能力」をつけるべく教科書と副教材ですべての教科を学ぶ「自立学習」を身につけさせ、「非認知能力」を身に着けるための毎月の野外活動や長期休暇時の交流合宿を行うのである。

"動作に掛け声を足す”2026.7.13(mon)

 私が愛用しているほぼ日手帳から、「集中するためのスイッチ12」の一つ。リヨン大学が行った実験で、被験者に「ジャンプ!」と言わせて垂直跳びをさせると、平均で5%跳躍力が高くなった。声を出さず、念じるだけでも効果があったという。

 仕事や勉強に気乗りがしないときは、「よし!やるぞ!」や「サクサク進む」などと声に出したり、念じたりすると、本来の力を発揮しやすくなる。これはやり投げの北口榛花選手が、やりを投げる瞬間大声を上げるのと同じ。彼女に限らす、様々な競技で声を上げる姿が多くみられる。気合を入れて集中するためである。

 「集中するためのスイッチ12」には他に何があるが調べると、「ガムを噛む」、「コーヒーの香りをかぐ」、「机や作業部屋を片付ける」などがあり、11番目に「感想や心情を日記にする」とあった。まさに日々書き込んでいるこの「ひとりごと」が、私にとってそれである。

"言葉になるのを待っていて”2026.7.12(sun)

 今日の週刊YoMoっと静岡の記事のタイトルである。子どもは、いじめなど怖くて苦しい目にあっている時は、つらい気持ちをうまく言葉にはできない。だから、自分の気持ちをうまく話せなくても「自分が悪い」と考えなくてもいい。自分の気持ちが言葉になるのを待つことも、大人の大切な役割であると、長瀬雅子・仏教大学准教授が述べている。

 今回の書籍化で終章で述べる「ひげぐま先生」の姿勢の一つが、まさにこの「待つ」ことである。子ども達は表に行動として出ていなくでも、心の中では常に動いている。だから、かすかに唇が動いたり、かすかに瞼が動く。あるいは、昨日より長く部屋にいたり、昨日より早く来る。でも、少しも促すことはせず、子どもが自分の気持ちを言葉にするまで待つことである。子どもは待ってくれる安心感で、自分の気持ちが言葉になる。

"オマー・ヤギ―教授が中国・精華大学に移る”2026.7.11(sat)

 2025年度に北川進・京都大学特別教授都と共にノーベル化学賞を受賞したオマー・ヤギ―教授が、研究拠点を中国の大学ランキング1位の精華大学に移した。勿論、トランプ・米国大統領の大学補助金削減政策を受け、知的財産を支援する中国に研究拠点を移したのである。トランプ大統領のワンマン政策が、いよいよこんなところに影響が出始めきた。これがアメリカ国民が選んだ大統領の政策の結果である。

"モルック体験”2026.7.10(fri)

 掛川市スポーツ振興課から3人の講師を派遣してくださり、すまいるテラスの子ども達が初めて「モルック競技」を体験した。フィンランド発祥の投擲スポーツ。木製の棒(モルック)を投げ、1~12の数字が書かれたピン(スキットル)を倒し、ぴったり50点を獲得したチームが勝ちとなるゲームである。最初12本のスキットルはボーリングのように固まっているが、モルックで弾き飛ばせば飛ばされた位置に立つ。その一本だけ倒せば、そのスキットルに書かれた数字がポイントとなりが、二本以上倒すと、倒したスキットルに書かれた数字に関係なく、倒したスキットル(全面が床についたものだけ。スキットルに重なったもの井は数えない)の本数がポイントとなる。50点を超してしまえば、25点に戻される。

 今日出席したすまいるテラスの24名の子ども達が4チームに分かれ対戦したが、結構盛り上がった。得点版を私を含め、スタッフが担当したが、子ども達が担えば、算数の勉強になったかもしれない。ぴったり50点を獲得する作戦も、チームビルディング研修になる。モルック以外も、掛川市スポーツ振興課講師派遣には様々なスポーツがある。今後もこうしたイベントを計画していきたいと思う。

"花粉症”2026.7.9(thu)

 今週はすまいるテラス勤務が、月火木金曜日の4日間になる。学習支援強化のためもある。今日も外国籍中学3年生の因数分解を指導した。公式による因数軍階から多項式の因数分解まで、学校から配布された「基礎問題集」をみっちりやった。

 しかし、その彼は花粉症が災いし集中力がきれる。それでも、それをなだめながら、どうにか見開き2ページを1時間かけてやり切った。「自立学習」ゆえに、生徒がテキストの例題で解き方を学んだ後の演習で、その解き方の定着を図る。教える側は、生徒がその解き方を活用し、自ら答えを導くまで待つ忍耐である。待てずそこで教えてしまっては、「自立学習」にならない。結果、最後の復讐の8題を見事に解いた。やれやれ。

"まちゼミ顔見せ会参加”2026.7.8(wed)

 今回で確か10回目の参加である。ここしばらくは「心理分析講座」のみであったが、ご要望も頂いており、「国語の読解力講座」も開催することにした。その顔合わせ会も、今回58店舗参加中、16名の方々が参加していた。このまちゼミは、愛知県岡崎市で始まった頃から知っていた。店舗のオーナーの人となり、店舗の特徴を知っていただくいい機会だと思っている。そのチラシが様々な形で藤枝市内に56,000枚がまかれるのである。うち、28000枚が新聞織り込みされる。その折り込み料(3円/枚)だけでも、92,400円かかる。それに、チラシの作成費を加えたら、前回1店舗当たりの負担が13,000円程度の比ではない。しかも、市に事業の一環である。宣伝効果を考え、今回は、前述の通り、2講座で参加することにした。東進衛星予備校藤枝駅南口校の姿勢が、広く伝えられればと思う。

"「不登校」”2026.7.7(tue)

 私は「不登校」を、単に「登校せざる」現象を言う言葉と捉えているに過ぎないと考える。文科省は「不登校」を、誰にでも起こりうる現象と述べ、「心理的・情緒的・社会的要因により登校しない(できない)状況にあり、病気や経済的な理由を除いて年間30日以上欠席した児童生徒」と定義している。

 私が初めて出会った「不登校」の彼は、給食の強要を拒否する「不登校」だった。まさしく「登校拒否」だった。しかし、「学び」を拒否しているのではなかったから、「学び」を求め、「学び」を実践した。その後出会った子ども達は、彼らと同様、明確に登校を拒否するのではなく、学校に行きたくても行けないのである。登校=学びを拒否しているのではない。今回の書籍化で、少なくとも20名の子ども達の「不登校」の姿を物語る。そこに共通してしてのは、「みんなと一緒に勉強をしたい」と純粋に願う姿である。

 「不登校」。彼らは現象として「学校に行かない」が故に、その言葉は受け入れるが、その真の姿は「同世代の仲間たちと群れ集う知的好奇心を持った小さな人間たち」である。その意味で、「不登校」というラベリングに異議を唱える物語である。

"すまいるテラスの中学生”2026.7.6(mon)

 スタッフの都合で急遽、掛川市の子どもの第三の居場所「すまいるテラス」の学習指導に行った。このところ特に中学生から面談し、すまいるテラスの趣旨を伝え、本人たちの意思を確認してきた。その成果もあり、次第に中学生の学習態度が変わってきた。今日も知的支援級にいる中学1年生たちのまずは算数の掛け算、割り算から学力を確認した。3桁×3桁、3桁÷1桁、分数の約分・・・きちんと教えれば、理解できる。できたことを褒めれば、やる気を出して、やり始める。あっという間の1時間だった。帰り際、「先生、あるも来る?繰れば、算数、教えて」を声掛けられた。

"「きみの悩みに答える 10歳からの哲学の言葉160」”2026.7.5(sun)

 今日の静岡新聞記事から。「人より脚が太いことが気になってスカートをはきたくない」という答えるのは、ドイツ観念論の大成者カント。「見た目じゃあなくて、考え方がその人をつくる」だから、スカートに拘らず、自分が落ち着く姿を選ぶことで、前向きな気持ちになれる。

 米スタンフォード大学オンラインハイスクール校長・星友哲氏監修の表題の本(JTBパブリッシング)からの引用である。今静岡新聞で話題になっている「ルッキシズム」に対抗するドイツ観念論。見た目も確かに大事になるが、長い間連れ添うとなると、最終的にはその人の考え方の方が重要になっていく。見た目は老いとともに変わる。でも、その人の考え方は、年齢とともに円熟していく。

"23人の風景構成法の分析を終える”2026.7.4(sat)

 日本語を母語としない子ども達のため、通常の心理テストが使えず、風景構成法で計23名の子ども達の心理分析を行った。川や山など11のアイテムを順番に描きながら、一枚の絵を描いてもらい、そのアイテムの位置やアイテムの様子から心理分析を行う。11のアイテムも国によってその持つイメージが違うが、今回は日本のイメージから分析した。

 親の都合で来日した子ども達。自分の言語が通じない国に行き、生活する。どうしても閉鎖的になりがちである。日常会話は数か月で理解し、話せるようになっても、次々と出会う学習用語が分からず、支援級に廻される。そんな子ども達の心理がこの風景構成法で見えてきた。

 今月からふじのくに中央日本語学校でも教科指導も始めた。すまいるテラスでも、教科指導も行っている。そこで指導しているのが、学校で配布される教科書と副教材(ふじのくに中央日本語学校では「夏期講習テキスト」)を使って行う「自立学習」である。その方法を取得すれば、先生に頼らず自分で学習することができる。

 母語で考え、翻訳で表現する。それは読解力、思考力も伸ばす。日々、その指導の仕方を模索する毎日である。

"すまいるテラスの中学生と面談する”2026.7.3(fri)

 一人はブラジル人で長らく日本語が分からず、中学1年の男子生徒にも関わらず九九さえ満足に覚えていない。と言うより、理解できていない。当然に知的支援級対象である。しかし、本人の意思を確認すると、「勉強が分かるようになりたい」と言う。来週から、九九を覚えたうえで2桁×1桁、2桁÷1桁をやることにする。

 一方、もう一人の同じくブラジル人の中学3年の男子生徒。1学期の定期試験の5教科合計が47点。ところが、なんと国語が17点である。父親は高校進学を希望するが、本人はこの成績では無理だと決めつけ、高校進学を諦めていた。9月の学調で英語と数学を10点以上伸ばす勉強方法を教えるから、やるかと問えば、本人驚きの顔で「やる」と言う。

 二人とも、来週の指導が楽しみである。本気度の勝負である。

"公的教育機関と民間施設等の連携事業連携協議会”2026.7.2(thu)

 不登校の子ども達の約3割がどことも繋がりを持っていない現実。本日午後1時15分から掛川市の静岡県総合教育センターで行われた公的教育機関と民間施設等の連携事業連携協議会。以前このコーナーでも述べたが、不登校は解決する=社会的自立を果たすという認識があれば、必ず解決してくれるどこかとつながりを持とうとする。しかしながら、現実が「本人の気が充つるまで待ちましょう」という対応が、引きこもりに繋がり、過去最大のひきこもりの人たちを生み出している。そのために、今年の2月以来現在まで5か月掛けて、現在「不登校の子ども達が語る不登校の実態」の書籍化を進めている。

 今日も述べたが、不登校は非認知能力の育成により解決する。もちろん、最後には認知能力=学力の育成が必要になる。その非認知能力をいかにして育成するかである。私たちはその育成に、毎月の野外活動や長期休みに行う交流合宿を活用している。不登校の皆さん、あるいはその保護者の皆さん、当方にご相談ください。054-644-1304が専用電話です。

"オーシャンズセブン泳ぎ切る”2026.7.1(wed)

 米国人の登山家、スイマーのロブ・リーさん(45)、エベレストなど世界7大陸の最高峰「セブンサミッツ」を全て登頂し、さらに津軽海峡の遠泳横断に6月30日に成功し、ジブラルタル海峡などの7か所の難関海峡「オーシャンズセブン」を泳ぎ切った。11j時間45分43秒で、あの潮の流れが速い津軽海峡を泳ぎ切ったという。何という超人なんだろう。今日も静岡新聞ネタである。