ひげぐま先生の2026年6月
"三輪明弘氏と三島由紀夫氏との関係”2026.6.30(the)
今日の静岡新聞・大自在から。三島由紀夫戯曲、三輪明弘主演「黒蜥蜴」。1968年初演から2015年まで再演された三輪明弘の代表作。「女形として生きることを決意したとき、この純粋な抒情的な魂は、その遁世を完成したのであった」と三輪(当時は丸山明弘名)氏の自伝「紫の履歴書」(1968年)で述べている。その本に三島は序文を寄せている。その本の完成から2年後、三島は銀座の劇場の楽屋に三輪氏を訪ね、数百本のバラを手渡した。決意を告げないまま、1週間後三島は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決した。軍服に身をまとい、日の丸の鉢巻き、白手袋で演説した後、日本刀で自ら腹を切り、仲間に弾頭してもらい自決した。15歳の私の記憶に鮮明に残っている。
今月20日に「ありがとう」の言葉を残し、亡くなったという美輪明宏氏。脳裏には三島との再会があっただろうか、と大自在は述べている。あの朝ドラでのナレータで毎回「ごきげんよう」で終わる三輪氏。あの三島由紀夫とそんな関係だったと初めて知った今日である。
"2026W杯北中米大会”2026.6.29(mon)
今日の静岡新聞から。2026W杯北中米大会の賞金総額は過去最大の8億7100万ドル(約1410億円)で、前回カタール大会の4億4千万ドルのほぼ倍額。優勝賞金は5000万ドル(約81億円)。一次リーグ敗退国も、賞金と準備金で1250万ドル(約20億円)が入る。そもそもW杯は、五輪のアマチュアリズムに対抗する形で誕生。プロアマ共存がFIFAの理念。スポーツでも生活できる姿を描いた。選手生命はそう長くないから、10年間プロ生活すれば、その後は年金で暮らせる欧米の年金制度。あの中田英寿氏はそれがために欧州チームで10年間頑張り、今がある。それに引き換え、ある日本人選手の母親が、欧米の異常に高い年金支払いに不満を述べたばかりに契約更新ができず、欧州で十分活躍できないまま、若くして欧州クラブチームの退団を余儀なくされた逸話がある。大谷翔平氏も然りである。しかし、現実はプロスポーツで生活できる人は数パーセントにすぎない。
サッカーが企業スポーツを脱却して地域に根差したスポーツを目指したが、J1で年間50億近くかかる運営費は、世界規模の企業に頼らざるを得ない現実がある。本来は入場料収入で賄うのが地域に根差したスポーツなのであろうが、Jリーグ全体を見ればそれを果たしているチームがあるだろうか?観客動員数が多い鹿島や浦和、清水は、どうだろうか?
"物語を読むことは”2026.6.28(sun)
「自分と違う世界を知り、違う人生を体験する」ものだから、物語を読むことで他者の気持ちや考えを汲み取る力が高まる。今日の静岡新聞の記事からである。そういえば、一文が凡長に長い文体の「赤頭巾ちゃん気をつけて」シリーズで一世を風靡した庄司薫氏が、4月5日に老衰のため亡くなっていたと、これも今日の静岡新聞が報じた。妻であるピアニスト中村紘子さんは、2016年に亡くなっている。自分の思いを長々と一文で述べる「赤頭巾ちゃん気をつけて」は、当時の若者の語り口調を見事に代弁しており、当時中学生だった私にもすんなりと受け入れられた。その影響なのか、私の書く文は一文が長すぎると言われる。しかし、現実に頭の中で思い巡らす文は、その文体のように長すぎるのではないだろうか?
"すまいるテラス、子どものカルテ作る”2026.6.27(sat)
今回の子どもの第三の居場所のМG研修で得た一つが、利用児童生徒の把握とそれに基づいた指導計画とその実行である。そのため、今回の研修会場だった岩手県一関市の子どもの第三の居場所「ウィステリア」さんの利用児童の基本事項等の資料を参考にして、我々が過去3年間藤枝市の学習チャレンジ事業で作成した「個人カルテ」をもとに、学習支援に重点を置くすまいるテラス用に「利用児童生徒の個人カルテ」の書式を作成した。合わせて、「学習記録票」と「面談記録票」も作成し、基本的には児童生徒とは月一回、その保護者とは月二回の面談を行い、すまいるテラスの方針の徹底を図る。
まずは、その「すまいるテラス」の方針である。すまいるテラスが目指す子どもの姿。「自ら学び、行動し、助け合う子ども」。そんな子どもを目指して指導していこうと思う。そのためには、まずは、考える。そして、分からないことは調べる。それでも分からなければ、聞く。すなわち、「分かるまで、考え、調べ、聞く子ども」。さらに、「自ら理解できたら、友たちも理解できるように教えあう子ども」。そんな子どもを育てたい。どうだろう?
"子どもの第三の居場所・マネージャー研修修了”2026.6.26(fri)
2026サッカーワールドカップ一次予選、対スウェーデン戦も1対1の引き分けで、グループ2位で決勝トーナメント進出。決勝トーナメント初戦はブラジルと当たる。それを確認して、今回のB&G財団子どもの第三の居場所・マネージャー研修最終日。岩手県一関拠点「ウィステリア」系列の児童養護施設を見学して、「ウィステリア」で研修を振り返った。今回の研修の報告書は改めてメールで提出するが、一つ大きな成果があった。
通う子ども達や保護者としっかり面談し、まずは通所対象になった理由を把握し、本人や保護者、市の要望を聞き、当方の方針を理解してもらった上で、短期・長期の指導計画に基づいて指導するである。そのためにも、まずは、スタッフ同士で「すまいるテラスの指導方針」を共有することである。今年度から小学3年生以下の成績表を廃止した掛川市が、当「すまいるテラス」に要望していることは、まずは「自立学習」を身に着けることである。不登校であれ、日本語を母語としない子ども達であれ、貧困家庭の子ども達であれ、無料で配布された「教科書と副教材」で「自立学習」を身に着けることである。すべての教科にわたってやろうとしても無理である。だから、まずは算数・数学からやろうと思う。そのやり方を早急に作成し、来週早々「すまいるテラス」の「スタッフ会議」に諮ろうと思う。
"震度4の地震に遭遇”2026.6.25(thu)
岩手県一関駅の近くの東横インで朝6時半からたんまりの朝食を食べ終え、5階の部屋でNHKのテレビを見てましたら、7時半過ぎ。ガラ携とスマホにけたたましい「緊急地震速報」が鳴り、なすすべもなく椅子にじっと座って構えておりましたら、数十秒後部屋が20秒くらいかけてゆっくり左右に揺れた、壁のハンガーはそその後数分揺れたままだった。岩手県太平洋沖深さ50kmの地震で、マグニチュード6.9。最大震度青森県階上町道弘で震度6強、私がいた一関市は震度4だった。大地は揺れること自体、気持ちがいいものではないが、大自然に対してただじっと揺れるがままに任せるしかない、人間の無力さを感じた。
ただ第三の居場所のマネージャー研修でこの3日間(24~26日)、二つの携帯もマナーモードのまま、パソコンのメールも見ておらず。皆様には大変ご心配をおかけしたようで、この場を借りてお詫び申し上げます。大丈夫です。お気遣い頂き、ありがとうございました。
"介護ロス”2026.6.24(wed)
介護対象だった親族が亡くなった際、介護を終えた家族が長期間にわたり生活の一部になっていた介護という目標がなくなり、「自分は誰にも必要とされていない」などと虚無感や喪失感に襲われることをいう。一時は介護の大変さが社会問題となったが、それが終わってみれば、今度は介護ロスの問題が起こる。余りいい表現ではないが、今でも仕事を続けている私ゆえ、姉たちに両親を見送っってもらった自分から見れば、対岸の火事のように思う。結果的に見れば、介護の大変さは自己満足に終わる。人間って・・・・
"明日から岩手県一関市で子どもの第三の居場所MG研修”2026.6.23(the)
今年度全国で開設された「子ども第三の居場所」の4拠点(掛川市のすまいるテラスを含め)のマネージャー(MG)が、岩手県一関市の同居場所「うぃすてりあ」に集合して行われる研修が始まる。当初東京で行われると聞いていたので、岩手県一関市と驚いた。東日本大震災後の交流で、過去3回車で一関市を通過したことはあるが、滞在するのは初めてである。参加名簿を見れば、岩手県一関市開催が納得できる。集まる4拠点が、北海道井川村、青森県中泊町、香川県多度津町と、私ども静岡県掛川市である。私が24日7時台発、26日18時台着だから、香川県の拠点の方は、流石に前泊後迫参加だと思う。
4拠点とも不登校の子ども達を対象としていることには、大変興味がある。フリースクール容認の流れの中で、自治体からの委託事業(1か所のみ補助事業)として、不登校の子ども達にどのような主旨で対応するのかが大変興味がある。このコーナーで何回となく述べてきたが、子ども達にとって「義務教育期間」は、大事な認知・非認知両能力を育成する時期である。その時期に、不登校の子ども達のそうした能力を育成する場を我々が担うのである。彼らの将来を担うのである。
それ故に私が得たのが、「自立学習支援」である。昨日も藤枝市の3年間に渡る当フォーラムの「学習チャレンジ事業」で学び、この春高校に進学した女子高校生が、この度の定期試験で学年トップの成績を修めたとのことで母子で来校してくれた。まさしくその「自立学習支援」の賜物である。彼女は、我々が委託しない今年度の「学習チャレンジ事業」には参加していないという。
「自立学習」とは、難しいシステムではない。「自立学習」用の作られた教科書と副教材で、学習するやり方である。50数年以上前に、塾の無い田舎で育った私がやっていた学習方法に過ぎない。
"AMERICA250”2026.6.22(mon)
1776年7月4日、トーマス・ジェファーソンらを中心に、イギリスからの「独立宣言」が作られ、アメリがが独立して250年になる。ジェファーソン自身、「独立宣言」で崇高な基本的人権を謳いながら、自ら奴隷を抱えていたという矛盾もあった。イギリスがアメリカの独立を認めたのは、7年後の1783年。その後170余年経って「公民権運動」で黒人の基本的な権利が認められ、ようやく人種差別を禁止する法律ができた。それだけ人種差別は、人類の根強い問題である。
今回の書籍化で扱うテーマの内の一つに、「人は所属する集団の中で真ん中より下にいることが、自己の不安定を招く」というのがある。人の心理の一つの原則である。ということは、人は生まれながらにして心の中で人を序列化していることになる。だから、「いじめ」が起こるのも当然なのか。あくまでも「平等」は「法の下の平等」なのか。ふとそんなことを考えてしまった。いじめをなくすには、そこを徹底的に考えなければならない。どうだろうか?
"遂に71歳に”2026.6.21(sun)
一昨日若いスタッフから、甘いのが苦手な私を気遣い、折り紙のケーキを頂いた。昨日もコンビニ傘を持つ私を見て、同い年にスタッフから誕生日プレゼントとして傘を頂いた。同日、息子と同い年のスタッフから、母親の実家にある酒屋の米焼酎を頂いた。これがまた美味しい焼酎だった。皆さん、お気遣いありがとうございます。71歳。改めて歳を実感している。
昨日の静岡新聞を読むと、小中高生の2025年の自殺者が538人で過去最高を更新。その要因がいじめや虐待、生活困窮など。子どもへの性暴力もある。このコーナーでも過去述べたが、今回の書籍化で子どもへの性暴力も扱った。いじめも虐待、性暴力は、力なき者への犯罪である。
"静岡英和女学院高校が全日制通信制高校を開校”2026.6.20(sat)
静岡雙葉高校に続き、静岡英和女学院高校も、不登校生を受け入れる全日制通信制高校コースを静岡英和学院大学の空き教室に開校する。「学びの多様化高校」に申請するという。今や全国で35万人余の不登校生をターゲットに通信制高校の市場は湧き上がっている。ある通信制高校は、「〇高」で膨大な数の生徒を集め、商業ベースに乗り、次に「△高」と同系列高校を開設していく勢いである。通信制高校ももちろん、不登校生の進路が拡大することはいいが、私が懸念するのは、そのカリキュラムにより得られる学力である。
特に一昨年から運営する東進衛星予備校が行う模試に受験してきてくれる通信制高校の生徒が増えきている。ただ、この「ひとりごと」でも以前書いたことがあるが、正直に言わせて頂くと、彼らの学力の無さは際立っている。高校3年のこの時期で、偏差値でいえば30点台。中には、初めて見る20点台もあった。高校1年生であれば、もちろんまだ対処できる。はっきり言わせて頂ければ、その学力は、日々教科書を見ながら穴埋めレポートを学習することで高校過程を履修する結果である。もちろん、通信制高校生でも、当東進衛星予備校藤枝駅南口校に通い、きちんとした学力をつけ名だたる大学進学を果たした生徒は大勢いる。
学びの多様化の名のもとに、本人が望む大学教育を受けられない状況をもたらしている現状をどう考えるか。我々はもっと責任ある対応をすべきではないか。
"アントレ教育に思う”2026.6.19(fri)
掛川市の子ども第三の居場所「すまいるテラス」は周知の通り、B&G財団が会場の改装費と3年間の運営費約1憶円を助成してくれたことによって始まった。それ故に、B&G財団地方創生部子ども支援課から、様々な企画が提供される。その一つがこの「アントレ教育交流プログラム」。各自治体の「子ども第三の居場所」を利用する児童生徒に対し、地元産業や生産者が抱える課題解決に取り組むアイディア創出体験を提供することで、「自ら考え、工夫する力」を育み、将来や仕事について考えるきっかけを与えることを目的とするプログラムである。
すまいるテラスは、その対象を不登校や日本語を母語としない子ども達を殆どとしているため、他の地域の「第三の居場所」とは異にするところはある。しかしながら、日本語を母語としない子ども達は「定住外国人」の子女である。それ故に、そうした子ども達が地域に馴染む絶好の機会と思い、参加を申し込んだ。
子ども達はまず9月に、掛川市お茶振興課の職員から「掛川茶」を学び、体験する。その後に、B&G財団の職員から「掛川茶」に関するアイディア創出ワークショップを受ける。正直のところ、こうした内容は、ぜひ地元の小中学校でやって頂きたいことのように思う。いかがか。
"教職員の長期精神疾患数”2026.6.18(thu)
本日の静岡新聞の記事である。2025年度の県の教職員の長期精神疾患は、男性121人、女性213人で、前年度比2-9人減の334人だったという。特に20代男性が13人減の13人、30代男性が15人減の31人だった。
まだまだ教職員の職場環境は改善されていない。というよりも、教職員が対応する子ども達の多様化が原因のように思う。1歳ころまでに母子の間で築かれるはずの「基本信頼感」が未成熟によっておこる思春期後の人と関わりづらさ、スマホ育児や遊びの減少、体験の減少などから、発達障害のの子どもや、でこぼこな子ども達が増加したこと。あるいは、親の高学歴化による、いわゆる「モンスターペアレント」の出現。そうしたことによって、教職員の対応も大変になってきたことが原因のように思う。拙書「小さな人間たちの詩」の書籍化の中で、そのことを特に感じる。
"オールド・トーク”2026.6.17(wed)
本日の静岡新聞「大自在」の話題から。今上映されているローチ監督の最終作。炭鉱閉鎖で人口減少が進む英北東部の町に、国策でシリア難民が大挙してやってくる。町で唯一のパブに集う地元民は戸惑うが、パブの主人はシリア人を理解しようと努める。異なる文的背景を持つ「隣人」同士の軋轢と融和が主題。ローチ監督が作品のパンフで述べている。「いつの日か我々は強い決意のもと、連帯によって苦難と闘争を終わらせねばなりません。」
日本も今や外国人労働者に頼らざるを得ない時代である。「日本人ファースト」などと、どこぞの国のコピーを述べ、外国人を排斥している時ではない。日本語を母語としない子ども達に長くかかわっている私たちは、ローチ監督のこの言葉に共鳴する。文的背景を乗り越え、「連帯」していく時代であると思う。
"W杯、オランダ戦”2026.6.16(the)
2026W杯初戦、格上のオランダに引き分け。優勝を公言する「森保ジャパン」にとって、どこのマスコミも言っているが、勝ち点1は最低ライン。私もうっかり眠ってしまって、気づいたら、後半35分、1対2と、オランダにリードされていた。NHKプラスで観ていたので、隣の居間のテレビと時差が3分。オランダはほどなく4バックから5バックに替え、守りに入った。だから、日本の攻めが厳しくなった。う~ん、やはりなかなか攻めきれず、時折オランダのカウンターを食らう。落ち着かない。何としても負けは避けたい。ロスタイムに入って、ほどなくしたら隣から「やったー!」との女房の声。よし、追いついたか。今度は、安心して落ち着いて同点シーンを見れた。
今日の静岡新聞の大自在。あらゆるポジションを動き回る「空飛ぶオランダ人」の異名を持つヨハン・クライフ氏(2016年死去)が取り上げられていた。私にとっては懐かしい名前である。大学1年生の1974年W杯ドイツ大会で、ポジションにとらわれない「トータルフットボール」で旋風を巻き起こした。その主役がヨハン・クライフ氏であった。大自在でも触れていたが、彼が所属していたオランダ1部リーグ・フェイエノールトでつけていた背番号「14」を、同じクラブで活躍した小野伸二氏が引き継いた。新聞に「ジャパニーズ・クライフ」との見出しがでたという。彼の天賦の才能は認める。ただ、清水商業高校(現清水桜ケ丘高校)時代、彼が自分の描くサッカーについてこれないチームメイトに苛立つ姿を何回かとなく見てきた私には、彼はあまりいいイメージがないのが正直なところだった。しかし、J札幌を最後に引退した彼が、家族とともに過ごす姿や、様々なところでサッカーの普及に取り込む姿を見聞きし、そのイメージがだいぶ変わった。
"手帳を見直す”2026.6.15(mon)
今使っている手帳の最初のページを見ると、「ぬい活」とは、ぬいぐるみと行動を共にすること。昨年の新語、流行語大賞の候補に入ったと書かれている。そういう意味だったんだ。
「セル看護方式」とは、福岡県の飯塚病院が2013年に開発した看護方式で、電子カルテや必要な備品を備えたワゴンで病室近くに常駐することで、ナースステーションとの移動時間が無くなるほか、患者の異常に気付きやすくなるため、ナースコールの減少につながる。狭心症で入院した時を思い出す。藤枝の市立病院でも採用されている。
「二八そば」の由来。2×8=16文(400~500円)という売値説と、そば粉8割、つなぎ小麦粉2割という配合説があると書かれている。昨年12月30日の静岡新聞「大自在」からのメモである。私は配合説だと思っていた。売値説は知らなかった。だから、メモしたのだろう。
振り返ってみると、メモしておきながら、結構忘れている。一日がA5、1ページの「ほぼ日」手帳。その日に得た知識やその日にあった人や職員に話した内容、その日に考えたことを書き込むと、すぐに一杯になる。今日みたいに時々見直すのもいい。認知が来ないようにするために。
"読解力とは”2026.6.14(sun)
今日の静岡新聞に出ていた。「読解力=文字を音に変換する力×聴解力」と。かつ、「文字を音に変換する力」とは、ひらがな・カタカナ・漢字を低負担かつスピーディーに頭の中で音(その字の読み方・発音)に変換する力。聴解力とは、文字を介せずに頭の中の音から意味を理解する力。この二つをつなげると、「文字→音→理解」という読解の流れが出来上がるという。
私がやっているまちゼミの「読解力講座」や、かの東進の林修先生の説くところの「読解力」以前の、正しく「文字を音にして聴き取る力」の話である。我々が「虹の架け橋菊川小笠教室」や「ふじのくに中央日本語学校」で行っている「日本語初期支援」レベルの話と伺った。
「ディスレクシア」の人は、この「文字を音に変換する力」がある程度つくと、読解ができるという。そのためには、6~15歳の頃の毎朝の15分程度の読書がいいという。相談室の椅子と本部の仕事場の椅子を交換した。これからは本部=自宅でその椅子にどっぷりはまって、読書三昧、否、著作三昧?ができる。
"実の母と継母”2026.6.13(sat)
書籍化の一つに、「母の不在」がある。実の母を離婚や事故で失った子が、その実の母がその子にそれだけ残っているかで、その子にとっての継母の存在が違ってくる。ただそれによって自己が不安定になり、不登校になる。そうした場合、彼女は二人の母親をどう呼ぶのだろう。それが今日のテーマだった。2,3人のスタッフに、書き上げた文を読んでいただき、感想を伺った。結果は、本で示すが、なかなか難しい。もちろん、実際を描けばいいと言われたが、そのモデルとなったケースも、三者三様で違う。だから、その意味ではどれも正解である。書籍化にあたり、私がどれをテーマにするかである。
"日本語を母語としない子ども達の教科学習”2026.6.12(fri)
日本語を母語としない子ども達にとって、教科学習の最大の壁は、いままで何回となく述べてきた通り、日本語特有の「学習言語」である。今まで述べてきた「数学方言」(線をひく、pull?drow?)や「国語方言」(下線部を読む、線をどのように読むの?)のことである。それは、多言語対応の「学習言語集」を用意すれば、子ども自身は翻訳で理解できる。
6月10日の本ページでも書いたが、今回、すまいるテラスで教科指導(今日は数学・二次方程式、理科・磁界)していて感じたのは、やはり授業のスピードと、「やさしい日本語」に言い換える(リライト教材)ことである。これから私が行く日(週2日、7月からは週3日)は、中学3年生を対象に、2時間授業をすることにした。
"第26回ふじえだまちゼミ参加”2026.6.11(thu)
第16回ふじえだまちゼミに参加して以来、確か今回で11回目の参加になる。このところ「読解力講座」はお休みしていたが、ご要望が多く寄せられ、塾屋・予備校の運営者の責任として開催することにしました。
ただ過去の「読解力講座」でお話ししたが、塾屋・予備校である我々が行う「読解力講座」は、あくまで「入試問題を解く」読解力の講座である。国語の授業の読解力とは違うことを明確にさせて頂きたい。もっとはっきり言わせて頂ければ、国語の授業の読解力は、その作品の著者の思考の読解力であって、我々塾屋・予備校は、その作品の著者の思考を読解しつつ、その問題を作成した設問者の思考を読解するのである。その点をしっかり踏まえて受講して頂きたい。
"すまいるテラス 試験勉強”2026.6.10(wed)
すまいるテラスの中学生が今日明日と学校の定期試験とのことで、昨日に引き続き、すまいるテラスに行き、15時から18時まで中学生に教科を教えた。中学生は、日本語を母語としない子ども達である。
最初は数学。多項式の掛け算・割り算、式の展開と因数分解。数学は、日本語を介しなくても、例えば、計算をゆっくり丁寧に書いていけば、子ども達は理解できる。やはりスピードである。教えてみてわかったが、日本語を教えるときのように、子ども達の表情を見ながら、ゆっくり繰り返し教えれば理解できるのである。
問題は、社会である。今日は数学同様、子ども達の表情を見ながら、「やさしいにほんご」を使いながら、明治維新から第二次世界大戦まで、約2時間かけてゆっくり流れを話したが、子ども達は何度も、「せんせい、ストップ」と言って、母語でノートをとる。なんで武士が「西南戦争」で負けた?と聞かれたので、「西南戦争」をチャンバラと鉄砲、大砲の戦いと説明したら、受けた。「そりゃあ先生、チャンバラじゃあ、勝てないよ」と言う。「帝国主義」「資本主義」「社会主義」の説明に、何度も言葉に窮した。「植民地」は自分の国の物を無理やり買わせる国、じゃあ「侵略」「併合」とどう違う?と聞いてくる。内閣と帝国議会を、学校の生徒会執行部と生徒集会に例えて説明したり、学習用語の説明に、久しぶりに悪戦苦闘した。
"やっとノートPC交換する”2026.6.9(the)
5年間愛用したノートパソコンが寿命でキーボードが使えなくなり、ようやく交換した。私の筆圧(パソコンだから入力圧)が高すぎたことと、いつもギュウギュウ詰めのリックに入れたため、背中でパソコンが押されことから、6個のキーボードが使えなくなり、交換になった。この機会にもう7年もの間使わなくなった本部(自宅)のデスクトップパソコンも交換した。
この間、ノートパソコンは外付けのキーボードを持参して対応。書籍化の校正文の校正を、外付けのキーボードで打つ。まどろっこしいいことこの上なかった。
"未来と将来”2026.6.8(mon)
耕ちゃんとのやりとり。「未来」は「遠い将来」で、「将来」は「近い未来」程度の私の感覚。しかし、「将来」は、高校・仕事・建築士といった現実的な進路だが、彼が苦しんでいるのは進路だけではなく、「この先を生きていく感覚」そのものと、耕ちゃんは捉える。この一つとっても、今回の書籍化に挑む姿勢の違いを見せつけられています。お恥ずかしい限りです。「書籍化に、特定化に苦しむ」どころではない。「書籍化」の責任を、日々痛感させられる日々です。
"書籍化、特定化に苦しむ2”2026.6.7(sun)
耕ちゃんの助けで、いい物語になりました。ありがとうございます。世に本として出てしまうと、訂正もきかない。でも、それを乗り越えて、不登校に苦しむ真の姿を著し、同じように苦しむ現に不登校になっている子どもたちに、そのヒントになり、その回復を支えていきたい一心で、作業を進めています。「あとがき」にも書きましたが、この二十話の物語は、これまで私が関わってきた250名余の不登校の子どもたちから生まれてきたものです。従って、耕ちゃんに度々指摘されますが、ある特定の子どもの物語ではありません。不登校になっている20の真の苦しみ、真の心の痛みを描き、その回復の支えの物語です。
"書籍化、特定化に苦しむ1”2026.6.6(sat)
不登校の子どもたちの様々な苦しみ。全国で35万人を超す不登校の子どもたちの生の姿を、皆さんに知ってもらおうとした今回の書籍化の試み。ところが、忠実に生の子どもたちの姿を描こうとすると、その子どもを特定化されてしまう。このところ、二十話のうち、二話が最後に残った。うち、一話は本日耕ちゃんによって修正ができた。最後の一話、やはりどうしても気になり、わがまま言って今、その修正を耕ちゃんにお願いしています。つくづく自分の文才の無さを痛感します。
"天安門事件”2026.6.5(fri)
1989年6月4日、民主化を求めて中国・北京の天安門広場に集まった学生らを、中国当局が武力弾圧をした事件である。当局は死者を319人としたが、正確な人数は分かっていない。習近平指導部は、この事件を「動乱」とみなして「負の記憶jとして消し去ろうとしている。
ここで政治的なことは述べたくないが、かつては法学生として大学に身を置いていた身として、この事件や香港の問題は考えざるを得ない。両手を広げ、戦車の前に立ちはだかった一人の学生の姿が眼に焼き付いている。
"台風6号”2026.6.4(thu)
一昨日の予報では昨日昼、静岡県直撃とのことで、昨日は県内の殆どの小中高校は臨時休校、JRも16時まで運休。それに準じて、菊川小笠教室、すまいるテラスも休校。ふじのくに中央日本語学校のみ、事前問い合わせがないため、通常開校のままにした。結果、静岡県直撃は避けられ、JRは10時半、運転再開したが、菊川小笠教室、すまいるテラスは休校のまま。ふじのくに中央日本語学校は、誰一人登校せず、定時並行。ここ数年そうしたことが続いている。
いつもこうした事態に判断に迷う。結果を見れば、月謝を頂いていることを考えれば、完全休校にせず、状況を見て開校時間を遅らせて開校する旨の判断でいいのだろうかと思う。
"ICT教育”2026.6.3(wed)
登校した生徒が席に着き、タブレット端末で体調や気分、悩みについての質問に、言葉を入力して答えるのではなく、顔スタンプで答える。自分の気持ちを言語化できないから、様々な表情の顔スタンプから、今の自分に最も近い表情の顔スタンプを選び、答える。教師をそれを見て、生徒たちに対応する。
今回の書籍化で、ICT教育以前の不登校に関して、これまでの私の対応の詳細が明らかになる。もちろん顔スタンプで、子どもたちの気持ちの入り口は分かる。でも、その後をどう対応するんだろう。生身の子どもたちの気持ちは、生身の人間が生身の気持ちをぶつけることで明らかになる。
"学び直し、成績評価「5」可能に”2026.6.2(the)
そもそも「成績評価」は、何のためにあるのだろう?絶対評価にしろ、相対評価にしろ、人が人を何のために評価するんだろう?しかも人を五段階で点数を付けるのである。それが高校入試の際に提出する「評価点」、俗にいう「内申点」につながる。
どうだろう?その「評価点」を失くし、現在の大学入試のようにする。例えば、初等教育機関・小学校は、地元の対象者を全て受け入れ、児童の初等教育を支援する。そこを卒業し、中等教育を望む者は、その学校の入学試験を受ける。その中等教育を行う機関・中学校は、入学希望者の最低必要な知識・技量を検査し、それに達していれば、受け入れる。同様に、高校及び大学、専門学校、親方、会社が同様な検査を行い、受け入れる。もちろん、受け入れる人数に限りがある。しかし、同様な教育を行う機関は、現実にいくつも存在する。その入試、入社試験には、評価点は不要である。
そうなれば、不登校であっても、中等教育、高校教育、大学教育、専門学校、親方の仕事、会社の仕事を受けたければ、自らそこで必要な学力・技量を身に付ける。その手段は自分で選ぶ。どうだろう?
"もう6月か”2026.6.1(mon)
まさに光陰矢の如し。ホント時が進むのが速い。毎日仕事に追われていると、そう感じる。
ところで私は、A5半のほぼ日手帳の一日一ページに、新聞からの情報に、考えたこと、人に話すことと話したこと、今日やるべきこととやったこと、来た電話の内容、会った人の名前・・・、それぞれに時刻も記録する。そんなことを書き留めていったら、毎日すき間がないくらいびっしりと文字が並ぶ。三色フリクションペンで内容が、会社関係、NPO関係、重要事項と分けて書く。
昨夜書籍化のことで耕ちゃんと話していて、性虐待の実態の話になった。確かに新聞にその話を書き留めた記憶があり、手帳をめくって2月1日のページに書き留めてあった。それを元に公的データを調べると、令和6年度全国の虐待件数223,691件中、1.1%の2,520件の性的虐待があった。その問題の重要性を認識できた。そんな風に私の手帳は役立っている。
