ひげぐま先生の2026年3月
”福岡に来ました。”2026.3.20(fri)
忘羊社社長・藤村氏にお会いし、書籍の編集方針を、確認しました。子ども主語で1話7000字。なかなかのボリュウームです。テーマ別に10話程度。最後に、私が行ってきた対応について述べる。
ホテルに帰り、10程度にテーマを絞りました。早速1話編集しました。
そういえば、初めての久留米。夜で周りの風景はわかりません。エリートのママの故郷なんですね。
”明日朝、福岡に発ちます。”2026.3.19(thu)
明日は金曜日、friday。でも、洒落ではない。実際に、flyじゃあないよ。マネーの関係で、飛行機で行かない。だって、1.5倍高いんです。だから、電車で博多に向かいます。
でも、今日切符をを取ったら、びっくり。予約で指定席が取れない。
福岡行きが決まった日に切符を買うべきだった。でも、明日の静岡―新神戸間の新幹線だけ自由席で、後はなんとか席が取れた。初めてグリーン席を取った。新神戸ー博多区間。
皆さま、行ってきま~す!例の書籍化の打ち合わせです。
”よしともちゃんのパスタ”2026.3.18(wed)
どうして彼が作る博多明太子いりのパスタは、美味しんだろう?。料理ができない僕は、正直悔しいねえ。決して彼はカッコいいい男ではない(失礼!)。もちろん、格好と料理の腕は、全く関係ない。でも、彼が作る博多明太子いりのパスタは、美味しい。バターのせい?なんだろう?
”援助交際の心理”2026.3.17(the)
今日2件の援助交際の物語を、書籍化に向けて修正した。もちろん、その2件は援助交際に身を託す目的がそれぞれ違う。その実態を皆さんに示したくて描いた。目を背けたくなるテーマであることは分かる。でも、子どもたちは、援助交際に父を求める一方で、冷めて男の性を利用する。そんな子どもたちを否定しないで、その姿を知ってほしい。
”連日の書籍化の話題でごめん”2026.3.16(mon)
今日は母親が2歳の時去ってしまった子どもの話と、約20数年ひきこもった若者(?壮年)の話を、書き換えた。面談のメモや録音、子どもたちが書いた日記などの記録を元に、なるべく子どもたちの気持ちに忠実に描き直した。
そうなると、もちろん情が移り、涙で文が描けなくなる。読まれる人もそうだろうと思う。いや、そう信じたい。それは私の執筆力かもしれない。自信はない。でも、自分の気持ちに任せて描き直そうと思っている。
あと4日で出版社の社長とお会いする。その時に自分の想いをぶっつけて、結果は甘んじて受ける。出版に至らなかったら、すみません。
”本文の修正はいいが、章立て苦しむ”2026.3.15(sun)
午前中一作の修正を行った。そうしていく中で、そろそろ章立て、つまり内容の分類をどうするか?本来はそれを決めてから修正すべきだろうが、これまではいくつが修正し、これはどんなテーマか考え、分類してきたが、不登校と言ってもいくつかのテーマが混在する話が出てきた。う~ん、もちろん初めてのことで悩んじゃいます。
”「小さな人間たちの詩」修正少しずつ進む”2026.3.14(sat)
今日も2つの文の修正を行った。下記に書いたように、子どもの視点から語る形にすると、物語が随分変わる。それもそう。そもそも「小さな人間たちの詩」は、私の視点(下記には3人称と表現したが)で書いてます。その物語を子どもの視点で描き直すと、面白いくらい物語が変わる。こう言っては恐れ多いが、文章を書き直していくと、夏目漱石が猫の視点から描いた「吾輩は猫である」のような感覚に陥る。この後もう一作、書き直す。
”新しい居場所へ機材や机の搬入”2026.3.13(fri)
本日昼から、菊川小笠教室の職員の皆様にも手伝って頂き、新しい居場所への機材の搬入を行った。私は腰痛と左足の不具合でただ見ているだけで申し訳なかった。
4月8日に開所式が行われ、新しい居場所がいよいよ始まる。15時から計13目の方々の申し込みも受け付けた。中に一人、学校に行っていない子どもの祖母が来られ、話をお聴きした。詳細は申し上げられないが、そうした子どもたちもここでは受け入れられる話をし、安心して帰られた。
4月になれば、この居場所の詳細を公表できます。その時までしばらくお待ちください。
”不登校に関する本について”2026.3.12(thu)
今日は東進の担任助手が一人も来れなくて、私が東進に入った。東進のミーティングルームに置かれた特に不登校についての様々な心理学系の本を眺めてみた。よく見るとその殆どがノウハウ本と研究本だ。そのそもの不登校の子どもの心理、不登校の子どもたちを主語とした物語が殆どないことに気づく。
二人称、三人称の本が語っても、それが不登校の子どもたちの心理、実態とは言えない。その意味で、不登校の子どもたちのそのままの言葉を語る本の意義が重要になってくることに、ようやく気づいた。
私が書いてきた「小さな人間たちの詩」は、その殆どが私、三人称の物語である。今回の書籍化にあたり、それを不登校の子どもたちが、一人称で語ることは、より実態を語ることは意義がある思う。
”「小さな人間たちの詩」書籍化の方針を決める”2026.3.11(wed)
耕ちゃんがよく分析してくれました。耕ちゃんの指摘を受け、私がその本で描こうとしていることは、不登校に関して数多出版されている本と何が違うのか。耕ちゃんにそれを徹底的に問われた。その差別化をしっかりさせなければ、出版する意味を問われる。そこで、耕ちゃんの指摘から、私の特技を考え、当事者視点からの物語の修正を要請された。ここ2,3日で3つの物語の修正を行った。
