ひげぐま先生の2026年8月
”すまいる文化祭参加”2026.8.8(sat)
昨日、B&G財団主題、子ども第三の居場所「すまいる文化祭」に参加した。北海道~鹿児島県与論島まで子ども第三の居場所の20団体が参加した。当「すまいるテラス」は夏休みのため、すまいるテラスの「チェーンソーマン」と「ロボットケンジ」の2作品が参加し、当日は私だけの参加となった。すまいるテラスの参加作品はこの後、ホームページで公表するが、他19団体の作品は見事だった。予定の60分を越してしまったが、子ども達の創造力は素晴らしい。
「多類婚姻譚」も読み終える。これが現代の若者の婚姻観なのか。昭和の人間には、その婚姻観を素直に受けいられないが、受け入れなければならないのか。そんな思いを抱いた作品だった。
”「小さな人間たちの詩」の子ども達の想い 続編”2026.8.7(fri)
「小さな人間たちの詩」で私が描こうとした子ども達の想い。大人から見れば、子ども達はまだまだ未熟だと思われるが、決してそうではない。親を思うあまりに自分の父親(母親)のことを聞かない。結果、自分の父親(母親)がイメージできず、自己、即ちアイデンティティが不安定になる。産後鬱から母親との基本的信頼感が築けなかったことから、思春期後人と関わりづらくなり、不登校、引きこもりに陥る。健気に実母のぬくもりを求める子ども達。男気のある父親を求め、援助交際をする子ども達。「親ガチャ」ではないが、子ども達は親を選べずこの世に生をもうける。しかし、どの子ども達も、本当はみんなと一緒に学校に行き、みんなと一緒に勉強し、運動し、歌い、絵を描き、いろんな技量を身に着け、友だちを作りたい、と思っている。人間は、同世代の仲間と群れ集い、成長するからである。
”「小さな人間たちの詩」の子ども達の想い”2026.8.6(thu)
「この詩は、50 数年間にわたる子ども達との様々な関わりの中で、私の心に強く映し出された、こぐちっぽけな光景です。しかし、それは、まさに『小さな人間たち』の姿なんです。子ども達は、確かに”未熟な人間”かもしれません。でも、一個の心を持った、”小さな”人間なんです」と謳い、書き出した「小さな人間たちの詩(うた)」。子ども達は立派な心を持った「人間」なんだ、と訴えたく描き始めたこの物語。今回の書籍化で、「不登校」の子ども達の真実の想いを皆様に伝えたい。
”「多類婚姻譚」続編”2026.8.5(wed)
娘が同棲している無職の女性を連れてきた両親の戸惑いの物語。プロポーズを待ちながら職場結婚を夢見つつ、結局は二股をかけられ、別れを告げられた女性の物語。夫が若い女性と浮気され、子どもができ離婚を迫られる。昔想いを寄せた、別居中の同級生に出会う物語。まだ半分しか読んでないが、現代的な結婚観を描いた本書だった。昔?の結婚観を抱く親の戸惑い。都合よく女性をもてあそぶ男たち。そんな姿をよく描いた作品だった。
”「不登校」の子ども達は、何を求めているか”2026.8.4(tue)
「不登校」の子ども達は、「登校拒否」と言われた時代と違って、今は登校を拒否しているわけではない。学校以外に学びの場所を求めている子ども達もいれば、学校に行きたくても、行けない子ども達がいる。前者の子ども達は、オルタナティブスクールやいわゆるフリースクールに行く。後者の子ども達が私のもとに相談に来る。後者の子ども達の想いは何だろう。彼らは、何を求めているのだろうか。彼らが、野外活動や交流合宿の場で、仲間の役に立つことや仲間から頼られること、仲間から「ありがとう」「助かったよ」と言われることで、自分の立ち位置、居場所を見つける。学校や同世代の仲間たちの中で「自分は存在していいんだ」と実感することで、「不登校」や「ひきこもり」から脱して、社会的自立を果たしていくように思う。ということは、彼らは学校や同世代の仲間たちの中に、自分の居場所を求めているのだろうか。
”学校は行くが、それ以外は家から出ない”2026.8.3(mon)
中学2年の女子生徒の父親からの相談である。社会性を有する動物である人間が、「社会性」が育っていない?子どもの相談である。隣近所との付き合いをしない大人もいるから珍しい話ではない。隣近所の付き合いをしなくても、町内に住んでいれば順番に「組長」も回ってくるが、町内会費を払っていないアパート暮らしの人も現実にいるから、隣近所との付き合いをしなくても生きていける。
学校は義務的に行くが、それ以外は同世代の仲間たちと群れ集うことに楽しみを感じていないかもしれない。いままでにそうした何人もの子ども達と出会ったこともある。まだ直接そのお子さんとお会いしてないので、その理由は分からないが、意図的に学校以外には家から出ないのであれば、その理由が気になる。
”リモート授業は受けれるが、登校できない”2026.8.2(sun)
高校生の相談である。学校に行かなければならないと意識は高く、学校に行く意味も十分認識している。なのに、登校しようとすると、激しい頭痛に見舞われ、行けなくなる。二日掛けて話を伺うと、自分の感情を素直に出せず、周りを異常に気にする。それがストレスとなり、激しい頭痛をもたらすようだ。
なぜ「自分の感情を素直に出せず、周りを異常に気にする」のか。そのもみほぐしがカウンセリングになる。1週間、二つの課題を与えた。1週間後、どうなって来るか、また話を伺う。
”「多類婚姻譚」”2026.8.1(sat)
久しぶりの読書である。凪良ゆう氏の最新作。帯に「あらゆる価値観の対立の中で現代を生きる私たちに突きつけられた、究極の5編の謎」とある。読み終わったら、また書きます。
